2012/11/26

自然との共生


 工房の日常を記録したドキュメンタリー映画「紫」
トークイベントと共に行ってきました。

工房の吉岡更紗さんより

 この映画は、川瀬美香監督が工房の近くに住まいを借り 1人で全て撮影し、監督からは特に指示はなく、時々質問が入る程度で 自然な形だったので、しばらくは撮影と気づかなかったそうです。


この映画の大半を撮っていたのは2011年の冬で、その3月には東北の震災があり、とても感慨深い年だったということを語ってくださいました。


客席から「好きな色は何色ですか?」の質問に対しては『やはり紫です』と答え、
【此の糸】と書いて 紫 と読み、また【ゆかり】という縁を結ぶ 意味もあるそうです。
 

紅花で染める
江戸時代後期から染屋を営む「染司(そめのつかさ)よしおか」の
5代目当主、吉岡幸雄(よしおか さちお)さんは、40歳を過ぎた頃より 家業を継ぎ、染師 福田伝士さんと共に植物染による日本の伝統色の再現に取り組んでいます。

それまでは、 出版広告の仕事をしていました。(27歳の時に美術図書出版「紫紅社」を設立、
広告のアートディレクターなども務めてます)

 

1200年ほど続く奈良 東大寺のお水取り。十一面観音には和紙による椿の造り花がささげられる。















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 職人の生き方、ものづくりのあり方、その前に人としての在り方なんだと
改めて感じました。

生き方って、顔に出ますね。
私もそういう歳のとり方をしたいと思いました。

それにしても、「私ってなに人なんだ?」と思わず書きながら
つぶやいてしまった。。。
日本のこと、何にもわかってなーい。






*鎌倉長谷寺にて開催中

染司よしおか 吉岡幸雄展 「日本の四季展」
紅葉と植物染布のインスタレーション 
期間:平成24年11月23日(祝)~12月9日(日)
http://www.hasedera.jp/index2.html


*NHK Eテレ「課外授業ようこそ先輩」再放送決定!

「豊かな色の世界を知ろう」講師: 吉岡幸雄
2012.12.14(金)19:25〜、16日(日)14:00〜 NHK Eテレ


*NHK BS新番組『新日本風土記』
 
吉岡幸雄出演「京都 色いろ」再放送

2012.11.26 (月) 17:00〜17:57 テレビ出演




2012/11/25

なごむ

 
 髪をカットしに、友人のヘアサロンへ行くと、そこにはダンナさまの作品が飾ってありました。

ダンナさまは、IT関係のお仕事をしているのですが、独学でクレイアートを作っています。

とってもかわいいので、紹介します!








楽しい色づかい


天井まで凝ってます!


去年頂いたカード。かわいい〜




    情熱って凄いなーと、改めて感じます。
   いつか、個展をする日を楽しみにしてまーす!!




2012/11/22

習性


 オスのミノムシは成長すると、
ミノを出てミノガになる。
一方、メスのミノムシは一生ミノムシのままだという。 ミノの中に留まり、ひたすらオスを待つ。

ミノムシの生態と、人間の女の子が
オシャレすることのイメージを交差させることで、

「恋愛のおいて女の子はいつも誘われるのを待つばかりなのか?」

「装いは何のため?」と問いかける作品です。














  ミノムシに女の子の服の端切れを与え、ミノとしてまとってもらう。



洋服を一部を切り取り、細く切ってミノムシに与えるとミノムシは自分でミノをつくる。

様々なテイストのコーディネートの女の子の服を元に、様々なコーディネートのミノムシが生まれていく。


ミノムシに細く切った色紙などを与えてミノを作らせる行為は、日本では古くから子供がおこなう遊びである。





衣装協力は VIVIENNE TAM
です。














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 会場にはモニターがあり、ミノムシが端切れを まとい作品が出来上がっていく
過程が見られます。
その仕草が、かわいらしく見えるのが不思議。
ちょっとした民族衣装にも見えた。

AKI INOMATAさんの作品をはじめて知ったのは、これです。




やどかりに「やど」を渡し、やどかりが気に入れば背負ってもらう作品。
 面白い! この発想はどこから?と思ったらコメントがありました。


『この作品は、ある展示の際に聞いた話をきっかけに着想した。
旧在日フランス大使館の建物が2009年に解体され、隣接する土地に
新しいフランス大使館が建てられた。

”旧”在日フランス大使館の土地は、2009年10月までフランスだったが、
以降50年間日本になり、その後またフランスになるというのだ。
この話に衝撃を受け、やどかりのやどを引っ越しする習性へと飛躍した。

 同じ土地であるにもかかわらず、平和に国が入れ変わっている事実。
そんな大変なことが、私たちが気がつかないところで、行われている。
一方で、似たようなことは、私たち自身と無縁ではない。

例えば、国籍の取得。移住。移民。 中身は同じでありながら、背負う
「やど」によって、すっかり見た目が変わってしまう。
私が渡した、いろいろな国の建物を模した「やど」を背負うやどかりは、
国境を軽々と越えていくようにも見える。』


次の作品も楽しみです。




 

2012/11/20

ヴェルサイユでの現代美術展

 ヴェルサイユ宮殿で2008年から毎年開催されている現代美術展。
宮殿側の意向で始まったこの期間限定の催し物、2010年には日本人の
村上隆さんが作品を展示していました。

今年は フランス生まれのポルトガル人、Joana Vasconcelos
(ジョアナ・ヴァスコンセロスさん)が選ばれたそうです。
もう展示会は終わってしまいましたが、作品を紹介します。


メアリー・ポピンズ

独立した心・赤
拡大すると、フォークです!

マリリン  (巨大なハイヒール!)
拡大すると、鍋です!

衛兵たち (レースで覆われてます)


リリコプター
シートもピンク!

シャンパンボトルで作られてます

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繊細で大胆な作品ばかり。
又、発想がすごいー。
背景がヴェルサイユ宮殿とあって、ゴージャスさが増す感じです。
すっかり彼女のファンになりました。
どうやって、作品を運んでいるんだろうか。。。

ジョアナ・ヴァスコンセロスさんのサイトはこちらです。

http://www.joanavasconcelos.com/obras_en.aspx

ひとつひとつの作品に映像が付いていて、見入ってしまいます。。。。










2012/11/19

「天のしずく」を観て



   「辰巳さんの言葉」より抜粋

食ということは、あまりにも当たり前なことですので、
つい日常茶飯事の扱いになります。

でも、本当を申しますと日常茶飯ほど、
これなくしてはやれない、生きていかれないことが
多いのです。

料理は、本当に食の一端でございますが、
ですけれどもその小さな一端にありながら、
生きて行く全体に対して一つの影響をおよぼしてまいります。

食べごこちを作っていくということは、最も基本的な自由の行使。
そして料理を作ることは、自然を掌中で扱うことなのです。
それは人間にのみ許された厳粛な行為だと思います。





辰巳さんが病床の父のために作り続けたスープ。
「いのちのスープ」が結ぶ絆の物語。    



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久しぶりに、映画館で泣いた。
今のわたしの器では、受け止められないほどの大きなメッセージでした。



辰巳さんが庭で草を摘んでいるところは、
「私の食べごろは今よ」と、
草が自らサインを出しているみたいで
融合してる〜って感じながら観てました。




いのちの目指すところは「ヒト」が「人」になること。
なろうとすること。

いのちとは時間の中にある。
「真心をこめた時間」であるか否か。
それによって、「時間の値打ち」つまりは
「いのちの値打ち」が決まってしまう。

いのちが行き着くところに、「愛」がある。
いのちの核心に「愛する」という行為がある。

愛こそが、生きること。

違いのわかる、おんなになりたーい!!











2012/11/12

今年もやります!


 生活工房さんのワークショップ「14歳のワンピース」が
今年も開催されることになりました。


ただいま参加者募集中です。

しめきりは11月26日(月)必着となっていて、
抽選で10名が参加できるようです。

詳しくは 
http://www.setagaya-ldc.net/program/180/






14歳の心と体を記録するワンピースをつくります。


講師:spoken words project 飛田正浩
主催:(公財)せたがや文化財団 生活工房
後援:世田谷区、世田谷区教育委員会
会期: 2012年12月09日(日)   2012年12月15日(土)   2012年12月16日(日)   
時間:10時~17時 ※全3回で完結 
会場: ワークショップA(4F)


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去年、見学させていただいて感動しました。
(その時のレポートはこちら
自由な発想や表現力、彼女達の繊細さに触れ
私自身、とても興奮したのを覚えています。

14歳限定というのも、いい!!

今回も発表会が楽しみです。



2012/11/08

マリー・アントワネット 3



マリー・アントワネットのおかかえスタイリスト


マリー・アントワネットがモードの最先端を行くようになった背景には、二人の有名なスタイリストの存在がありました。

一人は、ローズ・ベルタン。
王妃は宮廷の反対を押し切って、庶民出身のベルタンを迎え、ドレスや装身具、ヘアスタイルなど美に関する彼女からのアドバイスに耳をかたむけました。

”私のモード大臣”と王妃はベルタンのことを称していました。




もう一人は髪結師のレオナール・オーティエ。


当時のパリには1,000人以上の髪結師がいたといわれていますが、オーティエはその中から見初められ、ベルタンとともに王妃のためにヘアスタイルを次々と創り出しました。


また、王妃が出産後の薄毛で悩んでいたところを、「短い髪こそが新しいモード」と提案し、髪を結えなくなった彼女を救ったのもオーティエでした。







斬新すぎる〜

 

 軍艦「ベル・ブル(美しき雌鳥)の
ヘアスタイル(復元)


当時のフランスにおけるファッションの要は、ヘアスタイルにあったといっても過言ではありません。

マリー・アントワネットには、おかかえの
ヘア・スタイリスト、レオナール・オーティエがいました。

オーティエはその時々の世の中を取り込み、王妃の希望に応じて次々と斬新なヘアスタイルを創り出しました。


そして王妃の採用するヘアスタイルは
宮殿内にとどまらず、パリ中や外国にまで
波及していったといいます。

これは「ベル・ブル風」と呼ばれるヘアスタイルです。

ベル・ブルは1778年にイギリスとの闘いで使われた軍艦の名前で、激戦の末にフランスに勝利をもたらしました。

それを称えたこのスタイルは、貴婦人たちのあいだで大流行しました。

一説では180cmにも及んだといいます。

その高さと不安定さのため、貴婦人たちは馬車の中では座ることができず、床にひざまづかなければならなかったそうです。






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 毎年170着のドレスをオーダー・メイドしていたとされ、
Wikiでは、身長154cm、ウエストは58cm、そしてバストが109cm
とありました。

凄いスタイルです!

当時の小物入れなども展示され、付けホクロ入れなどもありました。
布を小さく切って、顔に付けて いたそうです。

ヘアスタイルを見たときは、
 「ハンパない。。。」
  「盛ってる〜」と、心の中でつぶやいてた私です。




2012/11/06

マリー・アントワネット 2




これは「羊飼いドレス」と呼ばれるもので、マリー・アントワネットは宮殿の堅苦しさ
から脱け出して小離宮プチ・トリアノンや
アモーなどで、このようなくつろぎ着と麦わら帽子を身に着けて過ごすことがありました。


アモーは、子供を生み、自然志向に傾く王妃が作らせた農村風の別荘のような空間で、
散策したり、鶏や羊を飼ったり、花や植物のことを子供たちに教えたりしました。





 ここで社交界では得られなかった安らぎを感じていたのでしょう。


なお、このドレスは上着とスカート、前掛けが組み合わされる、いわゆる「ポーランド風」のスタイルで着られるものです。












「フランス風」舞踏会ドレス(復元)


この舞踏会ドレスは、ロベール・アンリコ監督のテレビ映画「フランス革命」(1989年)でマリー・アントワネットを演じた女優ジェーン・シーモアが実際に着ていたものです。


18世紀当時、舞踏会には2種類ありました。ひとつは宮廷の晴れがましい行事の際に催されるフォーマルな舞踏会で、ドレスも快適さより壮麗さが優先されました。





一方、それほど堅苦しくないもう一つの舞踏会、仮面舞踏会では顔に仮面をつけて、ある程度身分をかくす事が許されていました。


このドレスのように、比較的身軽に動けるものでした。マリー・アントワネットが舞踏会に夢中であったことは、当時ヨーロッパ中で噂になるほどで、宮廷でも多い時には週に一度、舞踏会が開かれていました。






                    つづきます。。。


2012/11/04

マリー・アントワネット 1









   


         1755年 11月2日- 1793年10月16日

在位 1774年5月10日 - 1792年9月21日


 マリー・アントワネットの一生をたどりながら、洗練されたライフスタイルや
ファッションなど、彼女の愛した”美”を紹介するものになっています。

見所でもある復元されたドレスを紹介します。



  
シュミーズドレス(復元)

 このようなシンプルなドレスを

シュミーズドレスといいます。


当時、カリブ海地方からパリに移り住んだ
女性たちが流行らせていたものでした。



 この最新の流行を逃さなかった
マリー・アントワネットは、 自身のおかかえデザイナー、ローズ・ベルタンに作らせます。










このドレスは宮殿の王妃の小部屋やプチ・トリアノンなど、ごく私的な空間でくつろぐ際にのみ着られ、公の場では見られることはありませんでした。



 1783年、白いモスリン(綿や羊毛で織った薄地の織物)製のシュミーズドレスを身に
つけた王妃の肖像画が、サロンで展示され
ます。



 コルセットもせず、肌が透けそうなドレスに
”下着姿”と冷やかされ大スキャンダルとなり、絵はサロンから外されることになりました。







「イギリス風」ドレス(復元)
 
いわゆる「イギリス風ドレス」と呼ばれるもので、自然を活かした当時のイギリス風文化の流行で登場したものです。


「フランス風に比べるとレースやリボンが
シンプルで、パニエの広がりも控えめです。
素材はフランスのリヨン製の絹が使われています。


 シュミーズドレスは、見た目とともに、
 イギリス輸入のモスリンを使ったことが
  更なるひんしゅくを買ってしまいました。

 
そのため、素材をフランス製にして国内の絹織物産業を支援していることを暗に示そうとする目的がありました。

              
 

 おかかえ画家ヴィジェ・ルブランに描かせた肖像画の中で、シュミーズドレスのポーズを取りつつも、今度は宮廷ドレスを着た王妃として再現されてます。


 引き裾の宮廷衣装(復元)

 これは盛装用の宮廷ドレスで、いわゆる「フランス風ドレス」と呼ばれるものです。


左右に大きく広がるパニエ(ドレスをふくませるためのアンダースカートのようなもの)
前の部分が開いてもう一度重ねたような
デザイン、そして背には床まで届く箱ひだがあり、レースやリボンをふんだんに使うのが特長です。


胸元の大きなリボンは当時の流行でした。



マリー・アントワネットは宮廷儀礼に従って
1日に数回ドレスを着替えていました。




 流行の先端にいたアントワネットの
ファッションは常に注目の的で、そっくり
真似されたり アレンジされて宮廷やパリ中に
広がり、さらには小さなモード人形が作られて外国へも伝わりました。








この絵から復元したのかも!

                       

                          つづきます。。。